February 24, 2007

あさりの話

ボンゴレスパゲティはとても人気のあるメニューです。イタリアの地方ごとにある伝統料理の中でも、海に面した土地なら必ずある、ブイヤベースのような魚介をたっぷり使った料理には大抵このあさりが使われています。その出汁の美味さが格別だからでしょう。ラフレッチャでも前回のお勧めメニューで提供していた“カサゴとあさりのカチュッコ”はたいへん評判をいただきました。しかし私達が最も良く口にするアサリの料理と言えばボンゴレスパゲティではないでしょうか?「あ〜うまい」そんな料理ですよね。ただこのあさり曲者で、砂のなかで成長する生きものだけに、時には砂を殻の中に持ってしまっていることがあります。当然そうならないように砂抜き(なるべく重ならないように海水程度の塩水に入れ冷暗所に静置します)するのですが完全ではありません。どんなに丁寧に砂抜きしても100個に1個くらいは砂が取りきれていないものです。もちろんそういうあさりも私達は見逃しません。調理人の適正に“目がいいこと”があると思います。別にそれは遠くが見えるという話ではなく、近視でも(私がそうですが)顔を近づければ済む事、異物に注意を払って見逃さないことが大切です。料理を盛り付ける皿がたいてい白いのはそういった衛生上のことが習慣的に無意識に反映されてのことなのでしょう。
それだけ注意していてもさらに10に1つくらいは見えない部分に砂があって結局1000回作れば1皿は砂が入ってしまう。あれ嫌ですよね「じゃりっ」あれが嫌であさりを食べない方もけっこういると思います。もう一つ同じような嫌な食感を生むものが実はあって、蝶つがいなんですが、これもです、たいてい噛んだ方は砂だと思ってその存在を知りませんが、これはお客様の手元に行った後でも落ちる可能性があるんです。実を取ろうと殻を押さえる時に落ちるんでしょうが、これは正直防ぎようがありません。長年私にはこれが葛藤でしたが、最近とうとうこの葛藤にケリを着けることができました。伝統のやり方からは少し逸れますが、先に加熱下ごしらえして、実だけを外す、ここまで来てしまいました。外す際徹底して異物が入らないように確認します。怪しい奴は味見も兼ねて私の口の中へ、そうやって良く観察していると、おいしいあさりと少し味の落ちるのが、見分けられるようになります。確実においしいものだけを使います。だからラフレッチャのあさり料理には殻が入っていません、調理済みの物を買ってきて使っているわけではありませんからご安心ください。見た目のボリュームが劣るのであさりの量も少し多めに、手間が掛かる上に材料費も上がってしまう、しかし間違いなくおいしい、胸を張って提供できるということは良いことです。こういう一つ一つの決断がお店を作っていきます。
あさりの砂が嫌だから食べないという方がもしいらしたらラフレッチャにお出でになってください、安心して「ボンゴレ」をご注文ください!


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February 17, 2007

レストランの見分け方

おいしいレストランの見分け方を考えてみました。
その基本的なところで私が感じること“日本では上か下しかない”ということがあると思います。中堅は除外して考える必要があります。国際的な基準を誇る三ツ星にランクされるような店かオーナーシェフが厨房に立つような小さな一軒のレストラン。どちらかしかないということです。それだけ聞くと乱暴で、私のところはその下ですから傲慢に聞こえることと思います。
内容をお話しします。その考え方は日本では今のところ伝統文化が廃れ機能していないということに基づいています。レベルの高い老舗のホテルや長く成り立っている良いレストラン、洗練された顧客、ヨーロッパのレストランを基準に考えるようなお客さんを常に迎える現場では、その欧州的な基準伝統が当たり前に用いられています。作り手、技術者を大切する伝統、そういったレストランでは、シェフが経営に参加したり、厚遇されているものです。
つまり実際に技術があり、その体系を確立している人に権限を与えるということです。ここが肝心なことです。上と下はこれが実践されています。中堅には日本ではよほどのことがない限りはそれを期待できません。それを可能にする文化風潮が整っていないということです。あるシェフが数軒を切り盛りする場合、またチェーン展開する企業がシェフを雇い運営する場面でもそうでしょう、もちろん技術的な側面や自分の店か否かというモチベーションの違いもありますが、それ以前基本的な部分での難しさを現在の日本の環境では乗り越えることができない。
レストランは元々食を基軸に置きそこから派生するものを楽しんでもらう一つの文化です、その食を発想する大元の人間がその店の成り立ちから意思決定に加わり作り上げていくのは当然のことと思います。
しかし日本ではそこが全く廃れてしまっています。今代わりにそこにあるのはアメリカ的な、虚飾や表面的な価値、合理性を重視する傾向、これは他の産業でそれを成り立たせるために用いられる手法です。この業界ではそのようなものはやがて淘汰され無くなるのでしょうが、現状確かにあるものです。実際に技術を持ちその体系を構築しようとする人に権限が与えられていない。器だけが先走り、乗せるべき中身が置き去りにされている。方向性を欠いた妙な空間、一見価値がありそうですが、居心地が悪い、器(総合的にプロデュースされたもの)と出し物(料理)の整合性がない。誰もが肌で感じることと思います。当たり前の穏やかな伝統文化に照らし合わせ、選択し、運営すれば解決することなのですが、そこには質から離れたやり方で安易に権限を確保しようとする、これもアメリカ的な構造がありますから、難しい、社会的な淘汰が進めばやがてこれは整備されることなのかもしれませんが、現実にどういうことが起きているのかといえばそれは技術、価値の流失、実力のある人は独立を目指すでしょう。そうする事でしか当たり前の自分達の形を体現することができない。それをせずに成功するのはとても稀なことです。それを理解する土壌が現在の日本にはない。相当に優れたビジネスマンの方にもこのことは理解できない、伝統ということに深くかかわるレストランという特殊な環境に、相反する性質があるのでしょう。
質を重視する、穏やかな、価値を基準に置いた堅実な受け皿が整備されるまでそれは続くでしょう。それが理解され確立されるまでは日本では本来のレストランということではビジネスが成り立たないということです。機は熟していない、それは哲学でなく現実の選択です。現実には様々な要素が絡み合って混沌とし分かり辛いのですが。本来最もボリュームを持ってあるべき中堅と言えるレストランがどれだけ利益を上げ支持を伸ばしているのでしょうか?数字を示せる方に是非反論していただきたい。
高くて有名な店を選ぶか、オーナーシェフがフライパンを振っている様な店を選ぶべきです。私にはコストパフォーマンスという基準がありますから下しか選択肢はありませんが。


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February 12, 2007

飲食店の出店

近年、大きな時代の流れの中では、基本的に私達のような飲食店を個人で切り盛りする者にとって、取り巻く環境は政府行政の施策は別として、好転し続けていると言えます。反論非難の声が聞こえてきそうですが、例えばインターネットやそれに伴うサーヴィスの整備、情報の共有、枠を超えて動ける可能性が大きく広がったと言えるでしょう。PCがなければ私達が独立することはおそらく何倍にも難しかったでしょう。経理業務を楽にする会計ソフトを初めに、より価値の高い設備を探し購入するためにはインターネットの情報が欠かせません。普通厨房設備を計画し設置調整するにはその多くを厨房機器専門の業者さんに頼るしかありませんでした。しかし今回私達は内装工事を請け負っていただいた業者さん以外の手を全く借りることなしに、厨房の設計、機器の設置、調整をすることができました。厨房機器はインターネットを通じ最も安い店舗から購入します。もちろん後からアフターサーヴィスが受けられる正規品です。それほど壊れるリスクの大きくない機器はオークションで中古の格安の製品を購入します。
目的にあったもので手の届く価格の製品が見付けられなかった場合、ちょっとした手直しで使える他の目的で作られた製品をチョイスするという手もあります。ちなみにうちの茹で麺器はうどん用です。ホームセンターでステンレスの板を購入、加工してロングパスタ用に深さを調整して使っています。道具があればそれほど難しいことではありません。パスタ用の茹で麺器が20万円ほどでしか見つけられなかったところ、うどん用なら6〜7万円で多く出品されていました。製品として大きな差のあるものではありません。と言うよりほとんど同じものです。おそらく売る側の意図でイタリア料理店なら高くても購入するだろうと考えてのことではないでしょうか?憶測ですが。
厨房機器は値段にとてもバラつきがあります。このところ外食産業は全体的には活況のようですが、次々と出店する企業があれば、潰れていく店舗も多くあります。飲食店の店舗を閉鎖する際にはその機材を片付けなければいけません、購入する際には大変高価な機器も中古で引き取ってもらう段には二束三文にしかならないものです。使う人にとっては大変価値のあるものですが、引き取る業者にとっては安いほどいいわけです。片付けなければいけないという事情を抱える相手の足元を見て、ただ同然で買い叩く、機材は必要な者にとっては宝物のようなものですから、それを無価値と決め付けて、運びだす。泥棒のようなものだと私は言いたい。そういう目には遭いたくないものです。もしそういうことになってしまったら、ネットでオークションに出すべきです。必要としている人を応援することにもなります、ちょっとした手間を惜しまずに物を活かすことをして欲しいと思います。少なくとも買う側の価値に見合った値段が付くはずです。買い叩く業者も売るときには普通に値段を付けるものです。その暴利を考えると腹立たしい、オークションのご利用を!
さて話が反れてしまいましたが、そのような事情もあって探せば適性な価格で販売している製品を見つける事は多くの場面で可能です。お店で使っているミキサーマイティ25はまともに買うと30〜40万もする製品ですが開店当時それは15万で見つけ購入することができました。良い機材というのは本当に心強いものです。シュクレ生地、ピザ生地、ソーセージ、様々なものを楽にストレスなく仕込むことができます。特にピザ生地、当店の生地はグルテンが強く手で仕込むと滑らかにに仕上がりません。
あとは内装の施工、これは自分でこなすには余りにボリュームのあることです。もし運良く居抜きで程度のいいものが見付かれば、自分で多少手を加えて、ということもありますが、それは極稀な事です。ほとんどの場合業者さんに頼むことになりますが、こればかりは出会いで、良心的な業者さんを何とか見つけるしかありません。この点に関しても私達は運良くクリアすることができました。その業者さんは打てば響くという言葉が相応しい、施工ということに肝心なことは、程よく効率が良いということです、さらにその店舗、しようとしていることの意味を良く理解してくれている事が必要です。個人で起業しようという人にとって大切なのは土地に根付いてその地の一部として機能するということです、施工が現実的にはその第一歩であるわけです。それを考えられない人には任せられない。
結局私達は従来必要と思われた開業のための費用を半分程度に抑えることができました。
画期的です。社会というものは案外うまく機能しているものなのかもしれません。努力する方向さえ間違っていなければ意外に良い結果が出るものです。
私達のような店舗が多く出店すれば、きっと日本の食文化は土地ごとに個性的に活気付くことと、私は本気で考えています。続く人がいることを願います。



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February 05, 2007

大変お待たせしました

大変お待たせしました、言い訳ばかりで申し訳ありません、昨年末予想外の伸びに対応しきれずに、大切なメニュー変更の準備にまで手が回りませんでした。最近は身内からも批判が!? しかし質重視の姿勢は堅持します、私達のような創造的に仕事をこなすやり方では、作ることに努力して、出来上がったものを提供して喜んでもらうというスタンスが唯一です、季節時節に追われて、間に合わせに物を作るなどということはできないし、すべきではないと考えています。それは最もわかっていただきたいところです。体裁を整えるために質を犠牲にしたものよりも、必要な時間をかけて吟味されたもの、どちらがいいかは考えずとも明らかです。
一点の曇りもなく、自信を持って提供する、私達の使命と承知しています。
本年最初のメニュー改編です。今回私が最も気に入っているのは「カキのリゾット」
カキの良さをうまく表現できたと思います。
皆さん中華で人気のオイスターソースがどのように作られているかご存知でしょうか?それは意外に自然な行程、私も実際に見たわけではありませんが、それは基本的にカキの煮汁をただ煮詰めるだけで作られているそうです。
少し前になりますが、このオイスターソース、一時フレンチでも取り上げられてよく使われていたそうです、クリーム系のソースとの相性の良さから珍重されたようです。
カキを加熱して得られた煮汁を濃く煮詰めてオイスターソースとして、リゾット用のクリームソースに仕上げます。ほうれん草の風味とも合わせて、この季節ならではの魅力的な一皿になっていると思います。
もう一つ上げると黒豚のボッリート、イタリアの人は、きっとこういう提供の仕方はしないでしょう、もともと肉料理とされていて、煮汁から上げて薄く切り分け、様々な薬味を添えて供するのが本当です。今回このメニューのために試作をしていて、煮汁の美味さに驚いて、進めるうちに自然な成り行きでスープとしました。元々スープはとても興味を引かれる料理で様々に取り入れ研究しています。矛盾するようですが肉をおいしく仕上げようとすると、その煮汁も良いものができるというのが、このところの私の感触で、様々に試してこの提供の仕方を選びました。黒豚は生の状態でとても色が濃く、いかにも良い出汁がでそうです。中途半端に加熱するとやはり豚特有の臭みが残りますが、しっかり加熱を続けて筋が溶け始める頃には、煮汁の臭みも消えています。消えるのか、同じ成分を元とする、後から出てきた旨み成分がその臭みをカバーするのか分かりませんが、煮込んでいるうちに風味が劇的に変化します。
よくできたコンソメスープ(牛)も大変味わい深いものですが、豚も捨てたものではありません。
どれも思い入れがありますが、もう一つ上げるとすれば、それは本日の魚のチンザノ風味、参考にしたのはサルディーニャのレストランで供されている、サフランを使ったシンプルな一皿です。穏やかに火を入れたスズキは提供直前に皮を取って身の滑らかな食感を楽しみます。ラ・フレッチャではアラからとっただし汁とチンザノドライ、数種類の香味野菜でソースを作り、旬の味の強い大根を細めの拍子切りにしてそこに加えます。肉にはローストビーフのような丁度良い火の通し加減をした料理が確立されていますが、魚ではそれは一般的ではありません。肉と魚、ある程度差はありますが基本的には同じような性質を持った食材です。水分の含有量や脂肪の量の差などから調理に要する時間には差が生じますが、魚でも良くできたローストビーフのように、確かにたんぱく質が変質していて、しかも肉汁が逃げていない状態を作り出すことが可能です。専門料理の世界では常識ですが、一般の方にはなかなか馴染みがないことと思います。それを白身の新鮮な魚ですると、また違う食材であるかのような心地良い食感が得られます。全体を持ち上げると確かに火が通っていて繊維がほぐれて分かれていきます、口に入れるとそれは滑らかで、適度な加熱を与えて初めて得られる食感、特長的なものです。その昔調理技術というと弟子にだけ伝えられるものでした。大切なノウハウは門外不出、入門しなければその技術は得られないのが当たり前。しかし近年有難いことに大変多くの出版物があり、大抵のことはそれほど苦労せずに手に入れることができます。しかし情報量が多いということは、それだけ必要でない情報も溢れてしまっている訳で、大量の石の中から宝石の原石を探すように質の高い技術、方法を探し出し取り入れる、求める情報を探し出して吟味することが必要になってきます。素晴らしい情報が溢れていても、全ての人がそれを取り入れているわけではありません、本当に真剣に取り組んでやっていこうとする人にとっては、ある意味平等な、いい時代なのではないかと思います。あんな技術やこんなノウハウ、当店ではその一昔前のように、色々なノウハウをオープンにはしていません、それは当店の方針で、折角お店に来てもらった従業員の方に、そこでしか得られない情報がなければ甲斐がない、有名なシェフの方が広く世間にその技術を広められるのは素晴らしいことと思いますし、それを非難するつもりはもちろんありませんが、私は肝心なことは表明しないことにしました、内容に興味のある方にはひたすらお詫びするだけです。


00:58:48 | lafreccia | | DISALLOWED (TrackBack) TrackBacks