May 12, 2007

傷心です

オーナーシェフである私は自分の店の中では絶対的な存在です、全ての責任を負う代りに、全ての最終的な決断をすることができます。それだけに、突然立ち上がり、注文した料理を当然のようにキャンセルして帰るお客様に出会うと辛いものです。
全て私の責任です。お客さんが満足できるタイミングで料理を提供できなかったのは確かです。どんなに努力をしても、方策を尽くしても結果の出せない時があります。
私達が目指しているのはお客様の満足です。それは決まった形があるものではないので常に考え、感覚を研ぎ澄ませて理解しなければいけません。
今日は飲みながら感傷に浸ることにします、はぁ〜難しいですね。


02:19:55 | lafreccia | | DISALLOWED (TrackBack) TrackBacks

March 21, 2007

医食同源の例え

病院が体を癒す場所であるように、レストランは人の心を癒し活力を与える場所である。と言ってしまいましょう。レストランの接客を担当する方には料理やワインの知識も大切ですが精神医療の基礎を学び理解することが役に立ちそうです。様々なお客様を誤解せずに対応できる知識を得て接客の基礎を作るためです。精神医療はその性質上大変難しい分野と広く認識されています。精神医療の難しさはその事実が直接その人の評判に関わるものであることや、症状の多様性は格段で病気そのものを理解することの難しさが上げられます。とても誤解されることの多い病気、障害です。
PTSDはご存知でしょうか?災害の際などでよく話題に上る心的外傷後ストレス症候群というやつです。事故や災害の辛い経験が人の精神に障害を及ぼしその後にも後遺症のように影響を与え続けるというものです。最近の研究では脳そのものが萎縮してしまうという例が報告される、深刻な、そういう状況に置かれれば誰にでも起こりうる障害と言えるでしょう。それではBPDはどうでしょう?
境界性人格障害、近頃たまにその活字を目にするようになった精神医療の一分野です。多種多様な研究がなされ、現在それが統合されつつある段階の比較的新しい治療上の分類ですが。幼少期、成長期の辛い体験やストレスが原因で起きる、主にコミュニケーション行為の内容に関してのことで人格的な成熟が妨げられる統合的な障害、人格障害とするには程度が広範に捉えられていて、その名称自体が治療の邪魔になる場面があるほどです。いくつか症状が当てはまるからと言って人格障害とするのには無理があります。その症状として上げられることはあまりにも広範で誤解を招き易いことですから、それは是非専門書で確かめていただきたいのですが、そのコミュニケーション行為の内容に関する症状以外に上げられる、同時に、これはPTSDでも言われることですが、脳内物質の一つセロトニンが減少することが上げられます。こうしたことから同時に薬物による治療の可能性が模索され始めたところです。しかし基本はカウンセリングによる対話での治療、精神分析療法が多種に研究、臨床されています。
子供の頃の辛い経験など一つ二つ誰にでもあるものですし、それが原因で苦手なものや分野ができてしまう、非常にそれは身近なことです、そういうことに全く影響されていない人を見つけることの方が難しいほどですが、それは程度問題であまりに影響が大きく自身の努力では抜け出せないほど深刻なダメージのある場合がBPDと診断されるわけです。太宰治、尾崎豊、ダイアナ妃はBPDだったと言われています。
問題に気付かれて、治療に訪れBPDと診断された方達の中で最後まで治療を継続し完治するのは全体の1割程度、自殺されてしまう方も同じ程度1割くらいいらっしゃるそうです。
BPDの治療には周囲の助力が不可欠です。その場合周囲の方の心得として持つべきなのは、BPDの方から言われた言葉は、個人攻撃と取る必要はないということを理解することだと言われています。BPDの方達は現実と空想の区別がつきにくく、目の前の人間に対して発している言葉でも、他の誰かを空想しつつ言っている可能性があるからだそうです。
イギリスのあるBPD研究者が周囲の協力者に向けたアドバイスに
「大地のように、水のように、患者さんに接し、地のごとく支え、水のごとく浮かべ、患者さんの激しい行動に耐えていると、いつしか患者さんは新しい出発点に立つかも知れない、そうはならないかもしれないが少なくとも害はない」
まるで親になる心得や、持つべき理想的な寛容さを言われているようなものです。結局その人が子供時代に得ることのできなかった安心を改めて与えるということなのでしょう。このような医療の質、難しさが覗われます、治そうとする側の寛容さが試される、実際精神医療を目指された方の中にも、このBPD治療の難しさに自信を失い止めてしまわれる方もいるそうです。
過去に虐待の影響やその治療の骨子を研究した本を読んだことがありました、「心の殺人」というそのセンセーショナルな命名から、つい取り上げて読んでしまったのですが、おそらくBPD研究の先駆ではなかったかと思います、当時その概念さえまとめられていなかった段階では画期的なものだったと思います。暴力の連鎖、ある種の人格障害や神経症は過去、幼児期の、程度が様々でも虐待されたということにある、という推論から組み立てられたその本は、同じ頃に反社会性人格障害を様々に取り上げて書かれた本と比べて対照的な癒される内容だったのが記憶にあります。
BPDの特徴はその頻度にあります。そう診断される確立は人口の2%と言われています。その性質上、程度の差で人格障害とまでは言えないがその傾向があるとされる方まで含めるとそれは相当の割合であるわけで、それは現実です。
それを考えずして接客業は成り立たないと言えるほどです。
例えばお客様からちょっと的の外れたクレームを受けたり、現実と差のある要求がされたとしても、それはその方が他の店舗で実際に受けた体験やその方の過去の体験から誤解をされている場合があると、理解する下地がなければ粘り強い対応はできないものです。お客様の怒りに際して、客観的に当たり前の対応を心掛けることも大切ですが、常識の枠を超える場合があることも理解して、なるべく事前に察知して、起きてしまった場合も理不尽さに対抗するようなことはせず、粘り強く穏やかにご説明することができるよう、普段から意識して対応を考えておくことも必要です。
またそのような度量を持つために、自分自身を客観的に捉えるトレーニングをする、違う状況や逆の立場を体験して益々客観的に自分達を考察しておく必要があります。意義ある人生を送るためのトレーニングのような、接客業とは奥の深い、しかもとてもためになるものであるようです。
近頃のデータによると日本の対人口における自殺者の割合は全世界で10位だそうです。先進国の中ではダントツ一位です。このようなことが起きるには当然その背景があるわけで、よく考える必要があります。

03:04:44 | lafreccia | | DISALLOWED (TrackBack) TrackBacks