January 16, 2007

クッキングセミナー

私がとても信頼するインポーターさんが開催する調理セミナーに行ってきました、そのインポーターさんは営業の方も頑張っているし、商品も素晴らしい、うちの店に欠かせない存在です。頻繁に開催していただいているセミナーも毎回素晴らしいのですが、今回は招いた方が良くない、アンコーナのミシュラン2つ星のレストランでスーシェフ(セカンド)を務めている方という紹介でしたが、**です。
最初に紹介された話にまず耳を疑いました。日本の寿司からインスピレーションを得てメニュー展開を実際にされているそうなのですが、本場の寿司を食べるのは今回が初めてなのだそうです。当日紹介していただく料理もそのインスピレーションを得たという寿司をモチーフに組み立てたもののようです。
つまりその料理を充分に理解することなしに上辺だけを模倣した料理、セミナーのパンフレットを拝見するとイタリアのそのお店のキャッチコピーに寿司(SUSHI)と実際に載せている、私が大嫌いな商業的な匂いがしてきました。
彼の挨拶が始まりました、それはクッキングセミナーです、私が同じ立場なら自らが日頃伝えたいと感じている特別なもの、こう有ってほしいという理想、そのセミナーが意味を持つ何かを表現することがあるのではないか?
彼はイタリア料理が他の料理体系と違う点は「情熱」で、計ることよりもいかに情熱を注ぎ込むかが大切なんだと語りました。その情熱の内容は?満場の人がそのイタリアの方を目の前にして興味を持ち、2つ星のレストランのスーシェフがどんなことに情熱を感じているかを聞こうと耳を傾けているのに、その話の続きはありません、表現するべき中身を言わずに、精力的だとアピールするだけ、誰にもその話は伝わらない、それは話に中身がないからです。
通訳の方が言うとそれなりに聞こえてしまいますが、そういうことなのでしょう。
第一に来日して初めて寿司を食べた方が、その寿司を模倣した料理をすでにメニューに載せて提供している事、第二に日本のタタキを真似た料理でテフロン加工のフライパンを強火で過熱する愚かさ、エルブジと交流があり、影響を受けたと標榜していて科学的検証(食品の安全)を怠っている。日本人の私達には彼が表現したい料理を、彼より高いレベルで表現することが可能と思います。日本のエッセンスをわざわざ日本で主張することに違和感を感じざるを得ません、もっと洗練されているのかという漠然とした期待は裏切られました。
日本とイタリアを置き換えて考えるとわかります。
日本で日本料理の職人さんが本当のイタリア料理を学ぶことさえせず、中途半端に模倣してメニューを考案し、日本で商業的にウケている、それをイタリアに持ち込んでセミナーをしたら、きっとイタリアではそんなものを誰も相手にしないでしょうが、それは愚かなことでしょう、日本の料理人から見てそれがどのように映るか。
寿司の最も重要なニュアンスは“炊いたばかりのほんのり温かいシャリと冷たいネタを合わせて、よりネタの個性、良さを食べる人に分り易く伝える事“そんなことなのではないでしょうか?彼がそれを理解しているのか疑問です。
特に無責任なことはテフロン加工のフライパンは空焚きすると、環境ホルモンに関した有害物質が大量に出ますから、空の状態強火では用いないことが肝心です。そこのところがセミナーを聞きに来た将来のシェフ達に間違って伝わってしまっていないか心配です。よほど手を上げて指摘しようと思ったのですができませんでした。すみませんもう少し勇気があれば。


Posted by lafreccia at 02:04:58 | from category: 調理 | DISALLOWED (TrackBack) TrackBacks
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